組織が病んでるときに研修をしても意味がない

組織がおかしくなるとき

組織がおかしくなるときというのは、太り始めの身体のようで「最近、少し太ったかなぁ」という予兆に危機感を抱けず放置した結果の成人病みたいなものである。

多くの人は、心のどこかで「なんかよくないよな」と思っているものの、適切な動きを見いだせず放置してしまう。「誰ががなんとかしてくれないかな?」と思う気持ちもあるから厄介だ。誰だって病気にはなりたくないし、良い環境でイキイキ働きたい。人間、そんなに呑気でもないので、フリーライダーもフリーライダーなりに危機感はあるのが大半なのだ。

部下の多くは上司が悪いだの制度が悪いだの言い出し、上司は上司でコトナカレ党を貫こうとする。病に侵された組織の場合、声を上げる人は勇気のある人だ。ただ、病気の真因にたどり着いてないから「食べ過ぎがいけない」とか「生活習慣がよくない」と自己診断してしまう。その思いつきの発言のせいで、上の理解を得られなかったり、揉み消されたりすることもしばしば。

ことなかれ党の上司たちも、コトを荒立てたくないため「まずは運動だ」、「食事制限だ!」と指示を出す。

組織でいえば、「研修を受けさせよう!」がまさに思いつき施策の1つである。

研修はサウナである

研修は、人材育成にとって意味がある手段だが、使い方を間違えると社員の士気を下げることにもなる。

前述の例でいえば、少し太り気味の人の運動は意味があるだろうが、肥満が原因で病気になった人が闇雲に運動しても意味がないのと同じである。

研修は、マンネリ感の打破や新しい知識や技術、考え方のインプットには役立つし、参加者の15%くらいに火を点けることは出来ても、後ろ向きに向かってる人たち全員を引き上げるほどの力はないのが現実である。

サウナのようなもので、なんとなくスッキリしたー!明日から頑張ろう!と思えることが重要なのだ。

ワタシ自身、研修講師もするので、研修は否定しないし効果があると思っているが、使い方を間違えてはいけないという話です。

だからこそ、病の原因を探り、適切な治療を行う組織コンサルティングが必要で、その過程で研修という手段が出てくることが健全だと思います。

コンサルタントのレジリエンス

その病に向き合うには、ワタシたちコンサルタントのタフネスさも求められます。

レジリエンスといった方がわかりやすいでしょうか。

逆境を乗り越える強さと、跳ね返すしなやかさ、やりぬく覚悟。

この力がない状態で、相手の病に対峙してしまうと、こちらの心が病んでしまいますね。

ワタシが最後までしっかり向き合うのは当然として、むしろ相手の社長さんや幹部の皆さんにも覚悟を決めてもらって改革を進めます。なんとなく、、、で組織をぐじゃぐじゃいじられたら、社員はたまったもんじゃないですからね。

「あれ?うちの会社大丈夫かな?」と思われた方、まずはお話をお伺いしますよ!お気軽にお問い合わせください。

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