「頑張って」の一言が脅威になるとき

「頑張って」って怖い言葉だよねー

「頑張ってほしい」という気持ちを伝えるときに、「これはあなたに任せた仕事なんだから、なんとかやり切ってね」と追い詰めるような厳しい言葉をかけてしまうパターンがあります。たしかに、仕事を振る立場からしたら任せたものでしょうが、この言い方って、部下にしてみたら「うちの上司はあいかわらず丸投げだな。どうせ、そのまた上の上司に言われたから言ってるだけだろー」となって、一気にやらされ感が増幅してしまう可能性が高いと思いませんか。また、仕事の成果が思わしくなかったときの声掛けも注意が必要で、「今回は残念だったね。次は頑張ってよ」という声掛けもうっかり私もやってしまいそうですが、これも本人が相当な努力をした状態で成果が出せなかったとしたら、「また同じ努力を続けるのか」と、プレッシャーが高いまま維持されてしまうと思います。逆も同様で、同じ成果を求めて「次も頑張ってね」という場合も、本人の今の頑張りで続けられそうなものであればよいですが、無理をして成果を出したとすればプレッシャーになるだけです。

やっぱり、「頑張って」という気持ちや言葉に、どこか無責任さを感じさせる要素があるからだと思うんです。

なんでこんなことを思ったのか・・・・

マラソンでは、沿道から「頑張って」という声援をもらうことが多いのですが、疲れていて思うように脚があがらないような辛い局面では、「こっちは頑張って走っているのに、何を無責任な」とか「もうこれ以上頑張れないし!!」と思ってしまうことがあるんです。そんな自分に「心が荒んでるわ」とクサクサしたりもして、身体も思うように動かないのに、自己嫌悪もプラスオン!

沿道の心からの応援も、頑張ろうにも気力や体力がなければ、その自分を情けなく思ってしまうわけです。

これって仕事でも同じだと思います。

「頑張って」と言われても「いやぁ、私なりに頑張ってるし!」となるのであれば、「もっと頑張れ」の一言は、暗に「あなたは頑張っていない」と伝えてるのと変わらないです。ならばむしろ「頑張りすぎないでね」という言葉の方が、肩の力が抜けてよいですよね。「頑張りすぎないで」ということは、部下にしてみれば「私はいつも頑張っているように見えている」と自分の仕事を認めてもらえてることを理解し、嬉しい気持ちになるからです。もっと期待に応えようと主体的に動くことができるでしょう。

労いもなく、サポートもなく、ただ「頑張れ」と言われてもツライもん・・・

そして、この上司はアテにならんのだなと思ってしまいます。

「頑張れ」という言葉は、状況によっては大変な脅威になる可能性があるので、使い方に注意が必要ということです。

マラソンなら「自分のペースで、無理せずにね」、仕事なら「頑張りすぎないでね」と言われた方が、もっと頑張ろうという気持ちが生まれると思いますよ。

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